2008年09月03日
東山遊歩道3
先日の記事「東山遊歩道2」の錦山神社から先についてです。
いくつかのルートが考えられます。
まずは次の目的地を荏名神社するルートです。

【荏名神社 *以下、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用】
創建の由諸は不詳である。延喜式神名帳に「飛騨国大野郡 荏名神社」と記され、小社に列しているが、後に衰廃し、所在は不明となっていた。
文化12年(1815年)、高山の国学者田中大秀が、江名子町の稲置(いなき)の森にあった子安大明神を、「荏名」が「胞衣」(胎盤)と解されたためだとして式内・荏名神社に比定し、荏名神社に改称して再興した。明治4年9月に郷社に列格した。
ここまで来ると歩いている人はほとんどいないのですが、
道中車はたくさん通るのでお気を付け下さい
。
荏名神社の次は大隆寺になりますが、錦山神社から直接大隆寺を目指してもOKです。
このあたりの道は碁盤の目状ではありませんし、地図にはあまり詳しく載っていないので
迷われる場合もあると思います…。
でもこの地図なら分かりそうです↓
大隆寺でぜひ見ていただきたいのが弁天堂です。

内部を見ることはできませんが、なかなか見ごたえがある建物で、
周りの池や景色との調和が素敵で、静かな気持ちになれます。
弁天堂からは大隆寺本堂に通じる階段がおすすめです。

そこから墓地を抜けると、城山の遊歩道に抜けます。
城山についてはこれまた書きたいことが山ほどありますので、また次回に…
いくつかのルートが考えられます。
まずは次の目的地を荏名神社するルートです。
【荏名神社 *以下、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用】
創建の由諸は不詳である。延喜式神名帳に「飛騨国大野郡 荏名神社」と記され、小社に列しているが、後に衰廃し、所在は不明となっていた。
文化12年(1815年)、高山の国学者田中大秀が、江名子町の稲置(いなき)の森にあった子安大明神を、「荏名」が「胞衣」(胎盤)と解されたためだとして式内・荏名神社に比定し、荏名神社に改称して再興した。明治4年9月に郷社に列格した。
ここまで来ると歩いている人はほとんどいないのですが、
道中車はたくさん通るのでお気を付け下さい
。荏名神社の次は大隆寺になりますが、錦山神社から直接大隆寺を目指してもOKです。
このあたりの道は碁盤の目状ではありませんし、地図にはあまり詳しく載っていないので
迷われる場合もあると思います…。
でもこの地図なら分かりそうです↓

大隆寺でぜひ見ていただきたいのが弁天堂です。
内部を見ることはできませんが、なかなか見ごたえがある建物で、
周りの池や景色との調和が素敵で、静かな気持ちになれます。
弁天堂からは大隆寺本堂に通じる階段がおすすめです。
そこから墓地を抜けると、城山の遊歩道に抜けます。
城山についてはこれまた書きたいことが山ほどありますので、また次回に…
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